くにたまの会

由緒・沿革

今から約950年程昔、平安時代後期、御冷泉天皇の天喜四年四月(西暦1056年)源義家公が父頼義公と共に朝廷の命をうけ奥州の安倍氏征伐(前九年の役)に向う途中、この地を通過する際に子の神(当社)に武運を祈ったと伝えられており、少なくともこれより以前に出雲大社の御分霊を勧請し守護神としてお祀りされたと考えられます。
その後文治五年七月(西暦1189年)源頼朝公が奥州の藤原泰衡征伐のため、自ら大軍を率いて鎌倉を発しこの地に至った時に、往時義家公が子の神(当社)に参拝したことを回想し、愛馬より下りて駒(馬)を境内の松(駒繫松 現在は四代目を育てており境内には松はありません)に繫いで戦勝を祈願したと言われており、この故事により「子の神」が「駒繫神社」とも呼ばれるようになり、明治以降に正式に「駒繫神社」と称せられるようになりました。
また、新編武蔵風土記には「子の神の境内は五反(1500坪)下馬引澤の内小名、子の神丸にありその所の鎮守なり、此社の鎮座の年歴を詳らかにせず、本社九尺に二間、拝殿二間に三間社地の入口に柱間八尺の鳥居を建てこれより石段二十五を経て社前に至る。
又本社の未の方(南南西)にも同じ鳥居一基を建てる。」と記されており、当時の神社の境内の様子を知ることが出来ます。
 更に、文化十二年(1815年)に記された世田谷紀行の中には「こは、下馬牽澤村に有りて いと古き世の奥つ城(神霊の鎮まるところ)と見ゆ。
堀をめぐらしし中に、丘を高うつきなしたるは、奈良の朝よりあなたのつくりざまになんありける。」とあり、神社の下を流れる蛇崩川が、堀をめぐらしたように見え、その中に突き出た神社の姿は、奈良の世より古い時代の趣があったという当時の様子も知る事が出来、東京の中でも名社の一つであったことがよくわかります。
当社の創立の年代は定かではありませんが、源義家公が前九年の役に際し、当社にて戦勝祈願された故事を鎮座の起源として、昭和32年に鎮座九百年式年大祭、平成19年に鎮座九百五十年式年大祭が、それぞれ盛大に斎行されました。

神事

・斉の神神事(どんと焼き)
・赤ちゃん泣き相撲大会 世田谷場所を開催

駒繫神社

こまつなぎじんじゃ

鎮座地
〒154-0002
東京都世田谷区下馬4-27-26
URL
http://www.komatunagi.jp/
御祭神
大国主命
例祭日
9月第3日曜日
交通
・渋谷駅より、東急バス渋32~34に乗車「下馬1丁目」下車 徒歩5分 ・「駒繫神社」下車 徒歩3分 ・東急東横線 「祐天寺駅」西口から徒歩15分  ・東急田園都市線「三軒茶屋駅」から徒歩20分
Map
東京都世田谷区下馬4-27-26