由緒・沿革
明治30年頃、有志が清見台南西部に大國主大神の標木を建てて、祭典執行とある。
その後、高台北西部に小祠を建て、同34年8月開拓祖神たる大國魂大神、大己貴大神、少彦名大神を奉齋するを創祀とする。
大正11年8月村社に列せられ、昭和11年10月郷社。
社殿は神明造の53坪。
明治30年頃、有志が清見台南西部に大國主大神の標木を建てて、祭典執行とある。
その後、高台北西部に小祠を建て、同34年8月開拓祖神たる大國魂大神、大己貴大神、少彦名大神を奉齋するを創祀とする。
大正11年8月村社に列せられ、昭和11年10月郷社。
社殿は神明造の53坪。