くにたまの会

由緒・沿革

 当日吉神社は白鳳の昔(685年)、江州志賀の郡坂本(現滋賀県大津市坂本)に王城鬼門鎮護の御祖の神として御鎮座の日吉大社(御祭神、大己貴命)の御分霊を佐賀の郷群山(現大分市大字木田八尾の神の山)に地域住民の守護神として祀られたが、宮地狭小の故をもって淳和天皇の御宇天長四年(827年)国主阿部朝臣貞直卿御入国のみぎり、日栄の迫(後世誤訓して久ケ迫となる)に奉還す。当時神域は頗る濶大にして末社二十社を有し、境内に神宮寺・劫倒寺・劫通寺・彌塔寺・地瑠寺並びに経殿、祓殿、鐘撞殿等さんぜんと建連なり地方較者の大社たりしも、中古時代の末期に及び衰頽に属したるを、後鳥羽天皇の御宇建久七年(1117年)大友左近将監能直、豊後・豊前の守護職に任じ入国、豊府を治するの初め、主として国中諸社の荒廃を修め再興を図るに当たり、廿五貫の神領を賜ひて祭祀の典を復旧せしめ、豊後大友氏の歴世・尊崇厚く、歳時の祭典、中古時代に劣らざるもの三百余年余、廿一代左衛門督義鎮の時、薩摩の領主、島津氏と権勢を競ひ、天正十四年(1586年)十月島津義久大挙して豊後に入り、随所で交戦の祭、当社本殿並びに周囲の寺院等、兵火に罹り盡く焼失し、宝庫に納めたる古来諸伝の社記、一切の記録等、挙げて烏有に帰せしめたり。廿二代左衛門監義統の時文禄二年(1594年)大友氏国除せられ、次いで慶長五年(1600年)関ケ原の戦後、同年十一月徳川家康・稲葉貞通を豊後臼杵城に封じられ、佐加、佐井二郷の地が稲葉氏の版図に帰す。而して翌慶長六年六月徳川氏又、稲葉貞道の命じて佐加、佐井二郷の地を肥後の領土加藤肥後守清正に分与せしめられる。清正公領内巡検の時、当神社の縁起、古来の歴等聴取せられ、神殿その他の建物先規によりて再興すべきを命じ、且つ北の海浜数町の地域に松樹を植栽して之を神幸の場所となさしめ、又大友家の客臣にて上野村を領し居たる、上野遠江守の城中に鎮座ある熊野権現も兵火後荒廃に属したるを当日吉宮に合宮に殿すべきを命ず。日吉山王権現社、社殿造営成就の時、肥後守清正公特に蛇の目の定紋を刻したる御影石製の手洗鉢を奉納し給ふ。慶長十六年(1611年)六月廿四日清正公逝去し、長子虎之助忠広の代に至りて故あり、寛永九年(1632年)六月に出羽の国庄内に移封せされ、遺領七十四万石は細川越中守忠利公に賜はられ、此の地細川家の封城に属せられる。細川公領域として納治の初め、当日吉山王権現をもって肥後領内の三大社の一とせられ、関手永十一ケ村の総鎮守と定められる。寛永十一年(1634年)六月、宝殿一宇を鶴崎御番代佐久間吉之進に命じ改築せしめられ、毎年(旧)六月二十九日の夏越祭典を肥後領内の三大祭とし、祭典には大麦一石、銀三枚宛寄進せられ、御大名として重臣を派遣して厳粛に祭儀を行わしむる事を恒例とせられたり。又元禄八年(1695年)細川綱利公奇瑞あり、翌元禄九年九月鳥居壹基(現南参道に建立)を奉納せられ、毎年歳首細川家の武運長久の祈禱を修し江府参勤の上、下には特に海陸交通の平安の祈禱を修するをとし、宝永三年(1706年)三月、神殿並びに拝殿等修築に当たり、時の御番代郡夷側御山奉公に命じ、領内の材木使用を仰せ出され、爾後これを恒例とせらる。又宝歴年中(1752年、1763年)の公儀御改めには七十五社を、文化九年(1812年)の御改めには六十社の末社を有る古大社なり。
延喜四年(1747年)細川越中守重賢公、御令室より三十六歌仙の色紙を奉納せらる。其の後維新廃藩の時に至る。而して、細川家歴代の君候、厚く当社を尊崇せられしをもって、大正十年(1921年)本社神殿改造落成の際には恒例により、細川候爵家より崇敬他に異るものありとして、特に御名代として旧家臣三浦喜伝を遣わし、玉串料並びに神殿前の御神簾を寄進せらる。斯く御鎮座以来千三百年の間、国主、諸侯の崇敬を襲ね、地方民衆の尊信篇きを加へ、明治六年郷社に列せられ、会計指定、供進指定神社と相成り、明治八年願済の上木田神社と改称す。位置は坂の市駅南一・五粁の高台に所在し数百年以上経たる神樹等あり、神々しく荘厳を極めた稀に見る境内です。(現在松の古木は松蝕虫の被害にて全滅せり)御神幸所はもと県下一の称ありし日吉原にあり、国道197号線境界の大鳥居より国鉄線路を越えて北の海岸に至るまで日吉神社所有地なり。この所有地の両側には加藤清正公御手植えによる松並木と伝えられている。(現在松蝕虫被害にて全滅したるも切株残っている)大正十五年十一月古大社の故をもって県社昇格を願い出たるも、社殿の整備、境内地の拡張、基本金等指摘され、神職、氏子総代、氏子団結して整備に努力し、昭和七年二月十日県社に列せられる。これと同時に木田神社を日吉神社と改称さる。以後昭和四十年十月本殿屋根銅版に葺替え、昭和五十年十二月社殿の大修築をなす。後鎮座は旧暦九月吉日なるをもって、昭和六十年九月二十二日御鎮座千三百年祭を斎行する。現在に至る。

特殊神事

 新産業都市・区画整理で夏のお祓行事ができなくなりましたので現在はありません。

地域の伝統行事

 5月初旬に行なわれる。
 万弘寺の市。夜中の闇やみの中で行はれる物物交換行事。

日吉神社

鎮座地
〒670-0311
大分市木田1557番地
御祭神
・大己貴神
・伊弉諾尊
・伊弉冉尊
・菊理媛尊
例祭日
毎年9月21日
交通
九州・日豊線・坂市駅・車で5分
Map
大分市木田1557番地